今は2009年4月24日 最初にMAZDAに関ったのは1977年
2007年4月 メーカーが許容範囲を0.04mmから0.02mmへ厳しくする事で 無事解決! のはずが?
2006年2月にO/HしたFD3S 10000km走行時点で いきなり不調に!
2006年5月にO/HしたFD3S 3000km走行時点で いきなり不調に!
2007年10月にO/HしたFC3S 500km走行時点で! いきなりではないはずだが 運転手は気づかなかった
共通根は サイドハウジング
過去へ遡ると 2004年頃から FC3Sで同じような症状が7件。 しかしメタポンが壊れていたり タービン ECU等別な原因でそれぞれ解決している 生存車は3台
その間にサイドハウジングを再使用したエンジンには 何事も起きてはいない。 サーキットを走っている車両も多いのに
新品部品が時間と共に 悪化? 広島からは一言も助言なし 他のショップではその様な事はない と 未だに解明には至っていない
2008年4月 人間ドック、脳ドックへ ”脳の萎縮は全然ない しかし胃潰瘍が少々” 当然だ!何年もこんな事しているんだから!
他のショップでO/H後短時間での やり直しO/Hが10数件あったが みな かなり酷い状況で 特にパーツが入手出来ない旧車に なぜこんな事をするのか!?
40年前の基本データーと記憶を基に40年前に生まれた車を修理しても 走るのは今なのだから。レースに参加していました と言われてもエントリー費を払えば参加だし、
最後尾を走っても レースを走りました だし ユーザーに理解できそうもない言葉で説明すれば 聞き返される事もない。昔メーカーに在籍していたと言われても円満退社?
それとも 解雇? この10数件の外に どのくらいの数の不運な人がいるのか、ミスは誰にでもある だから その後の対応が 重要なのでは(下記の社長さん!)
今はH19年1月 初めて気が付いたのがH12年12月
なにやら あちらこちらから聞こえてくる、慣らし中に壊れた!ひと踏みで壊れた!5000kmで壊れた!エンジンの組み方が悪い!ショップが悪い!乗り方が悪い!点火系が悪い!燃調が悪い!2回3回とエンジンオーバーホールを繰り返す人、「うちではその様なことはない」と言う別なショップで同じ事になってしまった人、1回で嫌になりFCを手放した人、5回も繰り返しがんばったが泣く泣く手放した人、でも絶好調と言う話はなかなか聞こえてこなかった。
自ら組み上げたエンジンにも、5000kmでオイル消費が多くなった車両、サーキット走行を終えた後再始動しなくなった車両等、しかし乗り手側の明らかなミス、エンジン以外での明らかに原因と思われる部分、予算等々で再度エンジンを開けることはなかった。別にも聞こえてくるのは「メーカーのリビルトエンジンは壊れない」「どこのショップで組んでも壊れる」「レース界でもリビルトエンジンをベースにしている」「そんな事はロータリーの常識だ」 と
H12年12月、FC3Sのエンジンを組み上げようとした時 Exポート上下部のテンションボルトが入らない状態になり 穴を覗き込むとフロントローターハウジングで引っかかっていた。すぐに代わりの物を取り寄せて組み上げた。(それは問題なくボルトは通った)しかし エンジンが始動し順調に作業が進み いざ試運転に!2速3000rpmから3速へシフトアップ!その瞬間 ボーボーボロボロ!アクセルには全く反応しない!その間2時間! 最短寿命記録樹立!
ついに壊れたエンジンを手に入れた。自ら組み上げ、自ら運転し、誰も手を触れていない壊れたエンジン、ひとつも言い訳が言えないグチャグチャに壊れたエンジン。 原因追求と今後の対応、そしていつからこのような事が起こっていたのか?
ディーラーサービス経由でメーカーに問い合わせるが2週間たっても まともな返事がない マツダコールセンターへ自らTEL 全てを話し 「調査し、連絡します」との返事 だが 1週間経ってもTELがない、またしても自らTEL, 話をした人は席にいない で 全てを最初から話し「3日後の月曜日に回答を連絡します」との事 が TELはこなかった。 翌日自らTEL またしても話をした2人は席をはずしている また最初から話をするのか? コールセンターにはいったい何人いるのだ!完全にブチキレタ!!!
今回の回答は1時間とすばやく きた! しかし内容は「業者の方ですよね、業者の方はコールセンターにて対応しかねますのでディーラーに問い合わせ下さい」・・・・・・・・・・・・・・ 平行してディーラーの人とはずっと話をしていたので、(もうメーカーの技術の人でないと話がつながらない)との結論、数日後の12月26日(明日からメーカーは休みになる前日)ついに Mr、伊藤(当時技術部長)から連絡が! 結論は「メーカーとして欠陥があるともないとも、 しかも外部の人間にたいして何も言うことはない」
クイサガル
(内容は一切聞きません。ただ1台のFC3Sが動けない状態にいる。この車を走れるようにするパーツがほしい。さらに同じような事が世界中でおきてもほしくない。)このことはしっかりと伝えた。 そして新年あけて ローターハウジングを再度通常ルートで注文した。 Mr,伊藤 やってくれました!!!! 13Bの在庫品は全て直っているではありませんか。 そのFC3Sは現在も走っています。もうすぐ200、000km
H2年登録FC3S後期型 新車時搭載エンジンで確認が取れた。なんと10年以上前から!金属部分の加工跡はなかなか消える物ではない。しかし「10年も走れているではないか」「100,000kmも走っているではないか」「間違いなく許容範囲で正常です」と反論される。其の言葉の中には[良い物を作ろう、これがロータリーだ もっと良い物は作れないか ユーザーは満足しているのか]などは入ってはいない、「広島のロータリーエンジン開発室ではFC3Sに乗っていた人はいるがFD3Sに乗っている人はいない」と聞くまた研究室の「最少人数は3人」とも聞く。本当であれば これ以上の事を期待してはいけない。そもそも許容範囲はメーカーが決める事で我々は一般常識でしか判断できない。FD3Sの販売台数が増え、上向きの傾向の中で 人員も元のように増え研究も進む中、コストを下げる事ばかり考え、古くなって修正の効かなくなった精密加工機械をいつまでも使い続けるのか、あとでツケがかえってくるのに
その後6ヶ月が過ぎた頃 おゃ またローターハウジングがおかしい。 即メーカーに連絡をとる。 Mr,伊藤は「3ヶ月前に 早期希望退職を選択し、後任者は何も引き継いでおりませんし、その様な事実は確認できません。」
振り出しに戻る
ところが東京在庫ではなく、広島よりローターハウジングを取り直すと なんと大丈夫ではないか。素早い対応!! ではなく ロットによるあたり、はずれ、ですか? でした!! 更にその後2年間 当 外 を繰り返し、繰り返し、繰り返し、FD3S生産終了の15年8月 (メーカーではRX−8の生産が始まっていた) なんと チューブラダウエルピンが ガタガタになるくらい、ローターハウジングの穴が広げられている。各車種それぞれ何枚取り直しても! 即メーカーへ問い合わせてもらった
「今 其の件で社内では大騒ぎになっている、外部は後回し」
あぁ 聞いてはいけない言葉を外部の人間として聞いてしまった。
何年もの間 もやもやしていた物が 確証に変わった。
あとは ただ 黙って 静かに 待つ事 だけが 残された
(その後エンジン生産工場は50億かけてリニューアルされたらしいがその直前に作られたエンジンがどのようなものかは想像できる。結局生産していたRX−8のエンジンは 全てゴミ にはならず後に全国の自動車整備学校に寄贈されたようである。かなり評判がよかったようです。)
その後 東京支社の白方氏が2回にわたり尋ねてきた。
(どのように見ても、これは正常ではないですよネ) 「私に回答を求めないでください」
(これからどうなるのでしょう?) 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
3ヵ月後 またも 年末ぎりぎり、2枚のローターハウジングが送られてきた。 それを搭載した車両は3年間で 50、000kmを走り(サーキット走行も増えた)今現在 160、000kmになり 健在なFD3S 1型です。
とうとう ついに RX−8発売
試乗車が各営業所へ 「あとでエンジンを載せ替えろ」との指示付で!
そうです、エンジンの再生産が間に合わなかったのです。 この頃からローターハウジングのプラグホールの下に刻印がついています。
それから3年が過ぎ 18年4月東京支社小椿氏が尋ねてきた。 (別に来なくてもいいのに) 別件のメタリングオイルポンプのトラブルの件であった。 FC後期FD前期が対象で(当然ユーノスコスモも含まれるでしょう)FD4型以降は対策済み しかし対象車は保障期限が切れている。更に6型で再発している。(状況は違うが症状は同じ) 対処方法をいろいろ並べたが、FCは論外との結論(H12年時にSA以前は論外)ついでに ローターハウジングの件を持ち出したが、
「量産車に対して今以上の精度を求めてくれるな」
そして 2007年1月 テンションボルトの通らないローターハウジングを今 目の前にしている。
某有名ショップの社長とのメールの一部です(2006,04,24) 参考にならないけど
ローターハウジング傷?の事に触れたら、以下の回答が来ましたので送っておきます。(ユーザー)
***これは初めて聞きました、当時、いやそれより前からポーラス処理とか検討されましたが、公式には出てないと思います。当時私は市販する車のデーラーへのサービスを指導する中枢で働いていました。北欧を含むヨーロッパ23カ国及び中東、北アフリカを取り仕切るヨーロッパ駐在事務所にサービス部門の代表しておりましたので、マツダのなかでも数少ない、設計、実験、製造、と市場の情報の通路ネックを預かる業務をしていました。このような改歴が来ないはずがないし、指導した記憶がありません。窓口は私一人でしたので見逃すとは思えないのですが・・ どなたの証言かお聞きしたいですね、教えを請いたいものです。臨時のサービスブリテンでもでたのでしょうかね。あんなのが出たら、デーラーに教えずにはすませませんから・・・。何台もあのてのエンジンはばらしたり、マツダスピードが富士の工場でリビルトエンジンを立ち上げるさい弊社から80台ほど中古コアエンジンを供給した経緯があり、スタート時点で4〜50台分の新旧ハウジングをチェックする際立会いましたが、全く見たことがないんですが・・・・勉強不足で申し訳ありません。貴エンジンでの交換理由はそれが原因ではなくエッジ部のピーリングオフを理由に交換しています。表面の痕跡が原因ではありません。痕跡そのものは全く問題ではありませんが、見たことがないし、マツダで供給したそのままの状態とはおもえなかったので、おかしいな・と思った程度です エンジン再調整については休みの日でも、そちらで調整準備が出来ましたら携帯電話で連絡をとりながら十分出来ると思いますのでよろしくお願いいたします。
以下阿部の返事 (アンダーライン部に阿部が反応しました。この返事はそのまま社長の元へ送られたはずなのですが??)
ルーチェWは 終了し チェック中です。燃料計は動いていましたか?
上記のような人が指揮をとっていたのであれば、現在の広島の態度は仕方のない事と あきらめましょう ちなみに 同じ加工をされた12Aの新品ローターハウジングがあるので 確認してください。 それから エンジンの再調整とは何の事ですか?